書評「ジヴェルニーの食卓」

その他、趣味の話

みなさん、こんにちは。「ぞっぱ」です。

今回は「原田マハ」著、「ジヴェルニーの食卓」の書評を記事にしました。

本題に入る前に作者と書籍について少し紹介します。「原田マハ」氏は日本の小説家で現在も多くの作品を執筆しています。その中でもアートをテーマにした作品が特徴的で私も愛読者の一人です。アートミステリーというジャンルのフィクション作品はあたかも実際にそうであったかのような描写がされており読み進める内に「マハワールド」へ一気に吸い込まれていきます。

さて、「ジヴェルニーの食卓」は4つの章で構成されており、それぞれ「マティスとピカソ」、「エドガー・ドガ」、「ポール・セザンヌ」、そして「クロード・モネ」にスポットを当てた物語が展開されます。各章間の繋がりがないオムニバス形式になっており、非常に読みやすい1冊と言えます。

その中で書籍のタイトルにもなっている第4章「ジヴェルニーの食卓」についてを題材としました。この章は「クロード・モネ」を主役にした物語となっており、私が最も好きな画家の一人です。ネタバレは可能な限り避けたつもりですが、書評という特性上、どうしても内容に触れる部分がありますので予めご了承下さい。

夜明け

物語はうっすら空が白くなってきた早朝から始まる。作中では夜が明けるのを薄氷が溶ける様子に例えており、これから始まる物語がまるで春の訪れを感じさせるようなワクワクした気持ちになる。

物語の主役は「クロード・モネ」。だが、当の本人はまだ夢の中で、初めの登場人物は「ブランシュ」という中年の女性。モネの世話人の一人だ。朝の清涼とした空気の中、他の世話人達と慌ただしく支度を始める様子が描かれる。特に今日は特別な来客があるとのことで、腕によりをかけた昼食でもてなす予定。そのメニューはいかにもフランスらしく、季節のものを取り入れ且つ丁寧な調理法で美味しそうな香りが漂ってくるようだ。

朝食の準備を始める頃、いよいよモネの登場である。ここで描かれるのは晩年の時期であり、かっぷくのよい体型に白い髭に覆われた顔、堂々たる風格が想像できる表現がされている。だが、当の本人は来客用のシャツを探す為、クローゼットをかき漁っており、先のイメージに反して非常にコミカルな一面も持っている。

モネはジヴェルニーというパリ郊外の小さな村に自宅を構え半生を過ごした。自宅にはモネ自身が考案した広大な庭があり、四季折々、色とりどりの草花が自然の絵画を作り出している。作中ではシンフォニーに例えられており、それぞれが個性を主張しつつも、モネによって完璧に調和が取られている様子が伺える。

支度を終えると最新型のプジョーで客人が現れる。作中で車名の描写は無いが1920年頃のプジョーと言えば、第一次世界大戦後初の量産車であるタイプ163であろう。

約1400ccの直列4気筒エンジン、最高速度65/km程度ではあるが、移動手段としてまだ馬車が用いられていた時代背景を考慮して分かる通り、この人物は政界にも繋がりをもつ権力者。更にその人物がパリから約80km離れたジヴェルニーを自ら訪問するなど、モネがただの絵描きではないことが十分に伝わってくる。

出会いと別れ

物語は途中、月日を40年ほど遡る。モネの作品がまだ世間に認められず、モネ達のような印象派は異端とされていた頃である。そんな「悪評」を受ける中、先進的な彼の作品を支持するパトロンは存在した。モネはそのパトロンの家族としばらくの間、同居して創作活動を行っていた。

その中でもモネの作品とその人柄に敬意をもって接する人物がいた。それがパトロンの娘、少女時代の「ブランシュ」である。物語の冒頭では誰よりもモネのことを気にかける「ブランシュ」の様子が描かれている。その理由がこのパートで明かされることとなる。モネとブランシュは25歳ほど年が離れており、ブランシュにとってモネは恋愛対象ではなく、尊敬すべき人生の恩師だった。

モネは作品を戸外で製作することを常としていた。ブランシュは助手という名目で家を出かけ、モネの製作をずっと見ているのが好きだった。かつて私が少年だった頃、祖父が趣味で家庭菜園をやっていた。夏の朝、ナスやトマト、キュウリなどを収穫する。そんな祖父を見ているのが好きだったことを思い出した。

作中ではしばしば2つの時代を行き来しながら物語が進行していく。1つは晩年、「睡蓮」の製作に取り組んでいる時代。もう1つはモネが世論や運命に抗いながらもひたむきに絵を書き続けた時代である。その切り替えが実に秀逸でシームレスに且つ、読者を困惑させない展開はさすがと言える。

そんな家族にある悲劇が訪れる。パトロンが経営する会社が倒産、債務の返済などで家族の生活は一気に追い込まれることとなった。状況に耐えかねたパトロンはベルギーの親族の元へ行くと突然単身で家を出て行ってしまう。残された家族はモネの家でモネの家族、妻と二人の息子と共に暮らすことになる。そして負の連鎖反応のようにモネの妻が他界。それでもモネはただひたすら絵を描き続けた。たゆまず流れ続けるセーヌ川のように。

思いは一つ

やがて、印象派は徐々に認められるになり、モネ自身も画家「モネ」として輝き始めることとなる。経済的にもゆとりが生まれ、広い家への引っ越しをモネが計画していた。

数々の苦難を乗り越えてきたふたつの家族の間には強い絆が生まれていた。特にブランシュの母親、つまり元パトロンの妻であるアリスとモネの間に特別な感情が芽生えたのは必然でもあった。だが、あくまで生活を共にする別々の家族であり続けた。今売り出し中の画家「モネ」がかつてのパトロンの家族と生活を共にしている。そんなスキャンダルになることを気にかけブランシュ達はモネの元を離れる決意をする。

旅立ちの日、モネは家族達にこれからもいっしょに暮らすことを提案する。ブランシュ達は「モネの”幸せ”の妨げになるからいっしょには暮らせない。」と本当の気持ちを押し殺して答えた。モネはこう言った。「幸せな画家になる方法は1つしかない。それは私達がこれからも家族として暮らすことだ。ふたつの家族ではなくひとつの家族として…」

物語の中で私が一番好きな場面です。モネの言葉に涙をあふれさせる家族達。嬉しいという言葉では表現しきれない感情が胸いっぱいに広がったのでしょう。このシーンでは私も目頭が熱くなり、胸の奥からこみ上げるものがありました。

その後、ふと「ジヴェルニー」を訪れた際、そこが自分の理想の地であることを確信したモネは家族とともに転居。そしてその館でモネとアリスは結婚し、ブランシュはモネの義娘となる。

光とアトリエ

物語は後半、再び晩年の時代に戻る。モネの代表作である「睡蓮」、その製作中にモネは白内障を患ってしまう。画家にとって光が失われることは耐え難い恐怖、そして絶望だったに違いない。しかし、名医の手術により視力を取り戻したモネは悟りを開いたかのごとく精力的に製作に取り組んだ。

最新型のプジョーで現れた客人はブランシュに「モネはどこにいる?」と尋ねると「アトリエに。」と短く答えた。そのアトリエは「睡蓮の池のほとり」だという。

客人が「いい香りがするな」と言うとブランシュは「今は薔薇が満開でモネ自慢の庭に綺麗に咲いて…」客人はブランシュの言葉を途中で遮るかのように「これはニンニクとオリーブの香りだ。」とつぶやいた。思わず肩をすくめるブランシュ。

初夏の薫風が窓辺のレースのカーテンを揺らしている。ジヴェルニーの食卓に間もなく昼食が並ぶ頃、この物語は幕を閉じる。

まとめ

[こんな人におススメ]

アートが好き、関心がある方

今回は1つの章を取り上げましたが、他の章も近代美術の「巨匠」達をテーマにしたストーリーなので、芸術に興味のある方であれば、どんどん読み進めたいという気持ちになることでしょう。

原田マハ氏の作品をまずは手軽に読んでみたいと思っている方

冒頭で紹介した通り、4つの章に別れたオムニバス形式の小説なので、休みの日に少しづつ読みたいという人にもおススメです。

フランスの文化や雰囲気が好きな方

作中、フランスの地名や言葉の表現などが多く出てくるので、思わずニヤリとなるかも(笑

[所感]

初めての書評ということで、なかなか難しいなと感じましたが、改めて読み直して面白かったですし、好きな作品を自分の言葉で表現できるのは楽しかったです。今回は短編集の中の1章分を書評にしてみましたが、今後長編作品にも挑戦したいです。

以上、「ジヴェルニーの食卓」の書評という話題でした。

それでは、また。

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