みなさん、こんにちは。「ぞっぱ」です。
今回はクルマのアクセルペダルとブレーキペダルの位置についてです。
突然ですが、運転席に乗り込み、足元をイメージしてください。そこには右からアクセル、ブレーキ、(クラッチ)の順でペダルが並んでいるはず。現在の市販車では商用のバンだろうが、億超えのスーパースポーツでもこれは変わらない。
当然、「なんとか規格」みたいなのが存在して、右からアクセル、ブレーキとなるように配置すること。といった決まりがあるものだと思っていました。
実は、これには規格や決まりはないのです。日本では保安基準第10条に「ハンドルの中心から500mmの範囲内で、運転者が定位置から容易に操作できること。」という基準はありますが順番に決まりはない。何ならペダルである必要すらない。足が不自由な方向けに、手でアクセル、ブレーキを操作できるよう改良された車両もある。
ではなぜ、決まりはないのに統一されているのか。残念ながら、いつ誰が決めたという明確な記述は調べきれませんでした。そこで歴史を遡り、その経緯がどうだったのかを見ていきましょう。
黎明期
世界発のガソリン自動車と言えば、「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」である。この車両にはアクセル、ブレーキペダルは存在しない。右手で舵取り(ステアリング操作)、左手でブレーキレバーを操作する。
発展期
少し時代を進めて、世界的ヒットとなったフォード モデル・T。
このクルマのペダルは左からクラッチ、リバース、ブレーキの順で、アクセルはハンドル下のレバーで操作する。つまり、アクセルのみ手動操作。確かに細かい調整操作は足より手の方がやりやすいし、理にはかなっている。
ちなみにクラッチは一番奥まで踏み込んだ状態がローギア、中間がN(ニュートラル)、離すとハイギアである。
更に時代が進むにつれて、エンジン出力の向上に伴い車両は大型、車重も増加。小さなステアリングだと取り回しが困難である為、大型化していくことになる。そうなると、重く大きなステアリングを回しながら、手動レバーでアクセル調整というのは操作性が悪い。ではステア操作は両手で行い、アクセル操作は足で行うという発想につながる。
また、AT技術がまだ未成熟だった時代は変速はクラッチ&シフトレバーによる操作(3ペダル)が主流。それはクラッチとアクセルもしくはクラッチとブレーキを同時に操作する場面がある。しかし、アクセルとブレーキを同時に踏むといった操作は通常走行においては必要ない。
更に、世の中は右利きの人が多く、アクセルのように走行中に頻繁に調整を行う操作は右足の方がやりやすい。そうなると、必然的にクラッチペダルは一番左とレイアウトは決まってくる。だが、右からブレーキ、アクセル、クラッチの順でも前述の要求は満たせることになる。
実際にダットサン16型セダンは右からブレーキ、アクセル、クラッチの順であった。(画像は1937年式)
現在のレイアウトに慣れてしまうと違和感を感じるが、操作上は特に問題無いように思われる。
2つの仮説
現在のように右からアクセル、ブレーキの順になった経緯として私は2つの仮説を立てた。
1つはレースの世界である。自動車の普及が進み、技術も成熟してくると各メーカーはスピードを競い合うようになる。アクセルとブレーキを同時に操作することは無いと前述したが、それはあくまで通常走行時の話。
アクセルは踏み続けたい、しかしブレーキングによる荷重移動は行いたい。または、ブレーキングしつつ、シフトチェンジ時の回転数を合わせたい(=ヒール&トゥ)。そういった場面もあるだろう。その場合、現在のような右からアクセル、ブレーキ、クラッチというレイアウトが望ましい。
もう1つは世界大戦である。戦争により多くのクルマが兵器として運用された。戦場では兵器は操作が未熟な人でも簡単にミス無く扱えることが重要となる。例えば、右足は加速(アクセル)、左足は減速(ブレーキ)と役割を分担させ、クルマの操縦はそういうものであると兵士に教育した方が効率的で操作ミスも防ぎやすい。戦争をきっかけにペダルレイアウトは固定化しようという考えが生まれたのではないかというのが2つ目の仮説である。
なぜここまでペダル配置に固執しているのかよく分からなくなってきたが…(笑)
まとめると、ペダルレイアウトについては特定の規制や基準は無い。自動車黎明期~発展期には様々なレイアウトが存在していたが競い、もしくは皮肉にも争いによって統一化され、それはデファクトスタンダードとなり現代まで続いている。
やがて自動運転化が進みいずれペダル操作そのものがなくなる。そういう日が間もなく訪れるのかもしれない。
それでは、また。
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