【育児】思い出に残るのは、高級ホテルより日陰のベンチなのかもしれない

<育児・日々の暮らしの記録>

お盆のある日、妻が次男を連れて実家へ帰省した。

1日だけだが、その日は3歳の長男との二人暮らし。

せっかくなので、ビールとポテナゲ大を買ってきた。

そして、長男と一緒に「ワイルド・スピード」を見る。

「ちゃーちゃガ、びゅーんとトンだネー」

劇中の様子を、自分のミニカーで再現する長男。

子どもが見るには、いささか早い映画な気もする。

まあ、たまにはいいだろう。

そんな感じで、父と息子の夜は過ぎていった。

「今日くらい」は、たぶん426回目

翌朝。

朝食を終えると、長男が言った。

「コウエンにいこうネー」

まだ8時前だぞ。

しょうがない。

今日くらい、わがままを聞いてあげよう。

……多分426回目くらいの「今日くらい」である。

家を出て、5歩進んだ地点で抱っこを要求された。

最寄りの公園まで抱っこして歩く。

ここまでは想定内だ。

朝の公園は穏やかだった。

愛犬と散歩をする人。

太極拳をする人。

そして、公園の掃除をする管理人のおじさん。

この管理人のおじさんの仕事は、とても丁寧だ。

園内の掃除はもちろん、砂場に溜まった落ち葉やゴミも、ひとつひとつ丁寧に取り除いてくれている。

おかげで長男も、思う存分遊ぶことができる。

いつもありがとうございます。

そんなことを思いながら、おじさんの仕事ぶりを眺めていた。

自分もいつか、こういう人になりたいなぁ。

……野鳩にホウキをブン投げていたが。

そして、始まる「違う公園にするー」

しばらく遊んでいると、長男が言った。

「チガウコウエンにするー」

はじまった。

まあ、これも想定内である。

「どこの公園にする?」

「エキのコウエン!」

家とは真逆の方向だ。

今いる公園からは歩いて10分ほど。

移動はもちろん抱っこだ。

で、到着。

しかし、遊ばない。

「ダっこでアルくー」

ちょ、ちょっと休ませて。

ちょうどベンチが日陰になっていたので、そこに座る。

長男と並んで、水筒のお茶を飲んだ。

ときおり吹いてくる風が、妙に心地よかった。

何をしたわけでもない。

ただ、ベンチに座って、息子とお茶を飲んでいるだけ。

でも、なんだろう。

このときの心地よさが、とても心に残った。

デンマーク人が大切にしているという「ヒュッゲ」。

こういう時間のことをいうんだろうか。

特別なことは何もない。

それなのに、なぜか満たされている。

思い出に残るのは

これまで、子どもとの思い出といえば、旅行やホテルの宿泊など、何か特別な出来事を思い浮かべることが多かった。

もちろん、それらも大切な思い出。

でも、数年後、数十年後。

育児を振り返ったときに、自分の頭に浮かんでくるのは、案外こういう何気ない日常なのかもしれない。

公園まで抱っこして歩いたこと。

日陰のベンチで、一緒に水筒のお茶を飲んだこと。

そして、何気なく吹いてきた風が気持ちよかったこと。

たぶん、子育ての思い出というのは、こういう小さな出来事の積み重ねなのだ。

子どもが大きくなれば、もう抱っこをすることもなくなる。

一緒に公園へ行くこともなくなる。

「今日くらい、わがままを聞いてあげよう」と思うことすら、いつかなくなる。

そう考えると、今日の何でもない一日は、実はそれほど何でもない一日ではないのかもしれない。

これからも旅行に行くだろうし、ちょっといいホテルにも泊まるだろう。

でも、それと同じくらい。

いや、それ以上に、今ある日常の幸せを大切にしていきたいと思う。

子どもと過ごす毎日は、あまりにも普通に過ぎていく。

だからこそ、その普通の中にある幸せを、ときには立ち止まって味わっていきたい。

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