久しぶりにラーメンどんとこい家を訪れた。
前回訪問時のちょっとした気づき。
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恐らくは自分の勝手な思い込みだろう。
正直、足が遠のいていたのは事実。
でも今回は心に残る新たな発見があった。
いつもの昼メシセット、いつもの安心感
この日の注文は、いつも通り。
昼メシセットに紫玉ねぎトッピング。

一口すすれば、「ああ、これこれ」と思わず頷く。
派手な進化を感じるわけじゃない。
でもちゃんと満足できる味。
何度食べてもブレないというのは簡単そうで難しい。
たぶんそれは、日々の当たり前を丁寧に積み重ねているからなんだろう。
味についてはもはや多く語る必要はない。
相変わらず、ちゃんとうまい。
ラーメンや店舗のレビューについては▼別記事にて。



ラーメン屋で見た「考える力」の話
今回の訪問で印象的だったのは、経験の浅そうな店員さんに対する指導の様子だ。
声を荒らげるわけでもなく、かといって手取り足取り教えるわけでもない。
「どうしてそれが必要なのか?」
そんなやり取りが、自然に交わされていた。

マニュアルがないからこそ、考える
例えば、卓上調味料の補充。

一見地味な雑用のように思える。
でも、それを「言われたから補充する」だけでは足りない。
・補充の際に気をつけることはないか?
・いつ、どのタイミングで気づくべきなのか?
そういった意識が、やがて「お客さんは何を求めているのか?」に繋がっていく。

どんとこい家は個人経営のラーメン店だ。
チャーシューを一定の厚さにカットするスライサーやライス用の計量器が導入されている。
これは調理スタッフが変わっても品質を維持するという点で重要な取り組みだろう。
しかし個人店である以上、すべてが細かくマニュアル化されているとは考えにくい。
だからこそ、「考える余地」が残されている。
ただ「こうしなさい」ではなく、「なぜそれがダメなのか」「どう見えるのか」を問いかけていたのが印象的だ。
正解を与えるのではなく、考え方を渡す。
ああ、これはきっと他のどんな仕事や育児などにも通じる話だなと思った。
伝えないと伝わらない時代
昨今は、コンプライアンスだの、ハラスメントだの、何かと難しい。
「そんなこと言われなくても分かるでしょ?」という一言すら、飲み込まなければならない場面も多い。
だからといって、すべてを曖昧にしてしまえば人は育たない。
気づいてほしいこと、考えてほしいことは、ちゃんと言葉にして伝える必要がある。
多様性や個人を尊重する考え方には、もちろん賛成だ。
でもそれが「すべて他人任せ」、「自分は悪くない」という他責思考にすり替わってしまったら、実りある人生からは遠ざかってしまう気がする。
ラーメン屋のカウンター越しに、そんなことを考えさせられるとは思わなかった。

一杯を食べたあとで
今回の再訪で印象に残ったのはラーメンそのもの以上に、店の空気感だった。
人を育てるということ。
考える力を奪わず、ちゃんと向き合わせるということ。
ラーメン屋でそういう学びを得られるとは正直思っていなかった。
新たな発見があるから、また来たくなる。
どんとこい家にはそんな魅力があるんだ。

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