私はかつてコルベットC6のオーナーであった。
長年憧れ続け、ようやく手に入れた一台である。
ただ、そこに至るまでの道のりは決して一直線ではなかった。
今回はその経験を振り返りながら、「クルマはそれぞれが世界観をもっている」という話をしてみたい。
妥協という判断
コルベットに強い憧れを抱きながらも私は一度、別のクルマを選んだことがある。
そのときに学んだのは「周囲が良いとする価値観と自分の価値観は必ずしも一致しない」という、ごく当たり前でいて見落としがちな事実だった。
当時選んだクルマのは”BMW E92 335i”

この点については愛好家の方々には不躾な話になるかもしれない。
しかし伏せてしまうと話の輪郭が曖昧になるため、あえて車名を挙げる。
結論から言えば、335iは素晴らしいクルマだった。
工業製品としての完成度は非常に高く、質実剛健な作り、パワフルで扱いやすい走り、どんな場所にも自然と馴染む佇まいを備えていた。
何一つ、不自由はなかった。
それでも、どこか満たされない感覚が残り続けていた。
本当に欲しかったもの
理由は単純である。
本当は、コルベットが欲しかったのだ。
だが当時の私は、自分にそれを維持できるのかという不安を拭いきれなかった。

だから諦めた。
そして、その判断を「正しい選択だった」と自分に言い聞かせていた。
周囲から「335iか。いいクルマだね。」と言われるたびに、どこかで安堵しながらも晴れない気持ちを押し殺すような日々が続いた。
ここで、あらためて簡単にスペックを並べてみる。
| 車種 | コルベット C6 | BMW 335i |
|---|---|---|
| 年式 | 2005年 | 2006年 |
| 駆動方式 | FR | FR |
| エンジン | 6.0L NA | 3.0L ターボ |
| 最高出力 | 404PS | 306PS |
| トルク | 55.6Nm | 40.8Nm |
| ボディ形状 | 2シータークーペ | 2by2クーペ |
数字だけを見れば、コルベットでなければならない理由は見当たらない。
日常域で使うことを考えれば、335iで十分すぎるほどだ。
だが私が欲しかったのはスペックではなかった。
コルベットが纏う「自由さ」や「おおらかさ」、そしてどこか不器用で個性的な世界観そのものだった。

世界観のすれ違い
もちろん335iにも335iなりの世界観がある。
だからこそ多くの人を魅了し続けている。
問題は、私がそのクルマに“別の世界観”を求めてしまっていたことだ。
335iにコルベットの役割を背負わせていたのである。

今になって振り返れば、それが不満の正体だったのだろう。
そんなことに薄々気づき始めていた頃、以前顔を出していたアメ車販売店から一本の電話が入った。
手頃なコルベットが入荷したという。
もしまだ気持ちがあるなら一度見てみないか、と。

実車を確認し予算も問題なかった。
それでも即決はできなかった。
ただクルマを買うだけなのに、後戻りできない覚悟を求められているような感覚があったのだ。
少しだけ、手を伸ばす
最終的には会社の同僚に背中を押される形で私はコルベットのオーナーとなった。
念願の1台を手にした喜びと自分に維持できるだろうかという不安が入り混じった気持ち。
スペック表には決して載らない、重さのようなものを感じていたのを覚えている。

クルマ選びは、数字だけで比較すると分かりやすい。
しかし、そのクルマが持つ世界観を含めて考えると話はまったく別のものになる。
「自分の価値観 × クルマの世界観」
この掛け算が成立しているかどうかが、何より重要なのだと思う。
もっとも、その価値観自体も人それぞれであり、年齢や生活環境によって変わっていく。
絶対的な正解など存在しない。
それでも、もし「今しかない」と感じるクルマがあり、あと少し手を伸ばすだけで届く位置にあるのなら――
私は妥協という選択をしないことを勧めたい。
それはクルマや周りの評価のためではない。
自分の人生を自らの足で歩むという、重要な決断なのだ。

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