早朝、長男が目覚める前にXを見ていたら、気になる投稿があった。
「最後に抱っこした日を覚えてる?」
子どもが抱っこを要求してこなくなる日は、突然やってくる。
今日がその日だとわかっていれば、もっと強く抱きしめていたと思う。
朝から、なんだかじんわりくる。
今回は育児中心の生活の中で考える「最後の日」について。
すぐに抱っこ
長男は先日3歳になったが、相変わらず抱っこの要求が多い。
「歩いて公園に行こうね」と家を出たものの、徒歩5歩の地点で「ダっこー」。
結局、そのまま抱き抱えて公園まで歩く。
保育園からの帰りもそうだ。
おかげでダイエットには成功しているが、こちらは日々衰えていく身。正直、キツい。
昼間は会社員として働いているので、夕方に子どもを迎えに行き、そのまま抱っこで帰る。
「いったいいつまで、この生活が続くんだろう」
そう思って、少し憂鬱になる日もある。
「いつまで続くんだ」と思ってしまう
育児は、今まさに大変だ。
抱っこをすれば腰や腕が痛いし、寝かしつけで一緒に寝落ちすることもある。
休日だって、朝から子どもと遊んで、食事をさせて、着替えさせて、また遊ぶ。
もちろん楽しい。
子どもの成長を間近で見られることは、何ものにも代えがたい。
それでも「今日はちょっと休ませてくれ……」と思うことはある。
だから、ときどき考えてしまう。
この抱っこ生活は、いったいいつまで続くんだろう。
でも、今回Xで見かけた投稿を読んで、少しだけ考え方が変わった。
「いつまで続くんだろう」ではなく、
「いつか終わってしまうんだ」
ということだ。

「最後の日」は教えてもらえない
考えてみれば、育児には「最後の日」がたくさんある。
最後に抱っこした日。
最後に手をつないで歩いた日。
最後に一緒にお風呂に入った日。
最後に「パパと寝る」と言ってくれた日。
最後に「パパだいすき」と言ってくれた日。
でも、その日はたぶん何の前触れもなくやってくる。
「今日が最後ですよ」と教えてくれるわけではない。
だから、その瞬間には気づかない。
そして後になって、
「あれが最後だったのか」
と気づくのだと思う。
そう考えると、今まで「重いなぁ」と思いながら抱っこしていた長男の体重すら、少し愛おしく感じてくる。
徒歩5歩で抱っこを要求してくるのも、今しかない。
保育園に迎えにいって「抱っこ」と両手を広げてくるのも、今しかないんだ。

いつか「抱っこしないで」と言われる
今はまだ、こちらが「もういいだろ」と思うくらい抱っこを求めてくる。
でも、いつかは「抱っこしないで」と言われる日がくる。
一緒に寝ることもなくなる。
手をつなぐこともなくなる。
「パパだいすき」と言ってくれることだって、いつかはなくなるのかもしれない。
そう考えると、今の大変さは少し違って見えてくる。
もちろん、疲れるものは疲れる。
「もう勘弁してくれ」と思う日もある。
それでもいいと思う。
親だって人間なんだから。
ただ、今日も「ダっこー」と言われたら、あと少しだけ頑張ってみようと思う。
たぶん今しかできないことだから。

いつか振り返ったとき、
「もっと抱っこしておけばよかったな」
と思うより、
「十分すぎるくらい抱っこしたな」
と思えるほうがいい。
今日もきっと、長男は徒歩5歩くらいで言うのだろう。
「ぱぱ、ダっこー」
はいはい。
仕方ないなぁ。
そう言いながら、今日も抱き上げようと思う。
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